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神話さんぽ③ [ふくもの論]

あけましておめでとうございます
今年はもっと頻繁に更新できるよう頑張ります。

さて、初詣はどちらにいらっしゃいましたか?
今年のお正月はお天気も良かったので、出かけた方も多いのではないでしょうか。

私は、大阪松竹座に歌舞伎を見に行ったついでに、京都の八坂神社にお参りしてきました。
八坂神社.jpg

八坂神社というと、祇園祭で有名です。いまでも「祇園さん」とも呼ばれることが多いように、もともとはこの神社は祇園神社、祇園社と呼ばれていました。八坂神社という名前は明治以降のことです。
考えてみれば、「祇園」とは、平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という一文からもわかるように仏教用語です。

かつてブッダに帰依したスダッタという富豪がジェーダ太子(祇陀太子)の土地を寄進したいと思い、太子に願い出ます。太子は断りますが、あまりにスダッタが熱心に頼むので、「そんなに欲しいのだったら、欲しいだけの土地に金貨を敷き詰めたらその分だけ譲ろう」といいます。スダッタは言われたとおりに金貨を敷き詰め、その姿に驚いた太子は、土地を譲り、みずからもまた、寄進をしました。そうしてジェーダ太子の土地に精舎(修行のための場)が作られ、そこが祇陀園、略して祇園と呼ばれるようになります。

その祇園の守り神とされているのが牛頭天王という神です。神仏習合のなかでスサノオと同じ神であると考えられるようになりました。
そしてその神は、「備後国風土記」逸文に伝えられる神話から、疫病の神として信仰をあつめていくことになります。

その神話とは次のようなものです。

あるとき武塔神が、南の海の神の娘のもとに出かけようとし、日が暮れる。そこに蘇民将来という貧しい人と、その弟で富裕な巨旦将来が住んでいたので、宿を借りようとすると、富裕な弟は貸さず、貧しい蘇民将来は貸し、貧しいながらも心づくしの接待をした。
数年経ったのち、神はその家に立ち寄り、「わたしは宿を貸さなかった弟に報いを与えようと思うが、その家にお前の子孫はいるか」と問う。蘇民将来は、「私の娘が妻となっております」と答えると、神は「茅の輪」を腰につけさせるように言う。言われたとおりにすると、その晩、弟の一家は茅の輪をつけた娘一人を残して皆滅んだ。そしてその神は「自分はスサノオである。後に疫病が流行ったときは、蘇民将来の子孫といい、茅の輪を腰につければその者は免れるだろう」と言った。

この神話から、六月の茅の輪くぐりや茅の輪のお守りなどが生まれることになります。
そして平安時代、都で疫病がたびたび流行ったため、この神を今の祇園に祀り、無病息災を願ったのが「祇園さん」のはじまりです。

都の人々は祇園さんに無病息災を願い、蘇民将来の子孫と言い、茅の輪をつけていたんですね。

蘇民将来.jpg

茅の輪のお守りにも「蘇民将来子孫也」と記されています。このお守りは玄関などに飾るとよいそうです。
今年一年も、元気で過ごせますように。
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