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神話さんぽ② [ふくもの論]

 前回に引き続き、神功皇后関係の神社をご紹介します。
博多湾の北部に、かの金印で有名な志賀島があります。島といっても「海の中道」で本土とつながっていますが、やはり海路が便利なようです。

 この志賀島、『筑前国風土記逸文』によると、神功皇后(気長足姫尊)が、新羅に出陣するためにこの島に船をとめたところ、火を持ってきた大浜と小浜が「打昇の浜」(海の中道の浜辺のあたり)と志賀島はつながっていていると報告したので、「近の島(ちかのしま)」と呼ばれることとなり、それが訛って「資珂の嶋(志賀島)」となったそうです。

 この志賀島に志賀海神社があります。小さな社ですが、海を見渡すことができる気持ちのいい場所にあります。

(下)遙拝所の向こうに海が広がります。
志賀海神社遙拝所.jpg

現在の祭神は、底津綿津見神、仲津綿津見神、表津綿津見神という海神ですが、かつては安曇磯良という名の神を祀っていたとされています。

(下)志賀海神社拝殿
志賀海神社拝殿.jpg

 『八幡愚童訓』や『八幡宮御縁起』などの八幡神の縁起や『太平記』によると、この神は、神功皇后が新羅征討をするときに、竜宮にある旱珠満珠を持ってきて手助けをしたといいます。しかし、この安曇磯良は、長い間海中にいたために、顔や体に牡蠣などの貝や海藻が張り付いた醜い姿をしていることを恥じ、人前に出てこなかったため、舞好きな磯良のために「細男(せいのう)」という舞で呼び寄せたところ、顔を布で覆い、亀に乗ってやってきて、ともに踊ったそうです。

 境内には、乗ってきた亀が石になった亀石もあります。

(下)亀石
志賀海神社亀石.jpg

 貝などがついた醜い海の神というと、ギリシア神話の海の神グラウコスが浮かびます。プラトンによると、グラウコスも貝殻や海草、岩が付着して体の一部になってしまった(『国家』)などと表現されます。醜い姿のため、美女スキュラに拒絶されますが、予言の力を持つ神でもあります。安曇磯良とグラウコス、海の神の醜さについては、一度深く考えてみたいテーマです。

参考:井上 順孝 (監修), 平藤 喜久子, 島田 潔, 稲田 智宏 『すぐわかる日本の神社―『古事記』『日本書紀』で読み解く』東京美術
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