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神話さんぽ① [ふくもの論]

古事記や日本書紀の舞台というと、出雲や宮崎奈良、伊勢のあたりを思い浮かべる方が多いと思います。
たしかに、神代で舞台となるのはこうした土地ですが、人代になるとさまざまな場所が登場してきます。
たとえば福岡県。神話とゆかりの場所というと宗像大社があります。人の時代では、とくに神功皇后ゆかりの場所がいくつかあります。
今回はそのなかから香椎宮を紹介したいと思います。
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神功皇后は、第十四代仲哀天皇(ヤマトタケルの御子)の皇后です。天皇と皇后は、天皇に従わない熊襲を平定するため、現在の福岡県福岡市にやってきます。そのとき滞在していたのが香椎宮です。いまもこの名の神社があります。
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現在の本殿は1801年の再建で、香椎造という独特の建築様式となっています。
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ここで天皇は、神功皇后に神がかりをさせ、神意を問います。すると神は、熊襲ではなく西の方にある、金銀豊かな国へ向かうよう告げます。ところが高いところから西の方をみても、海ばかりで陸地など見えないので、天皇は「偽りをいう神だ」といって信じます。そのため、神の怒りを買い、天皇はその場で亡くなります。
その事件の舞台となったところは、香椎宮の少し裏手にあります。
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そのとき神功皇后のお腹には御子がいましたが、皇后はみずから軍の指揮を執り、神が教えるままに西の方の国(新羅)を攻め、得ることに成功します。

この神功皇后は、明治期以降日本の植民地政策の展開のなかで、日本最初の紙幣の肖像に使用されるなど、ナショナリズム昂揚の一翼を担わされてしまいますが、記紀が描く物語そのものは、とても不思議で魅力的です。
夫を失い、妊娠中にもかかわらず、出産を遅らせながら仕事に邁進。出産したあとは、反抗する夫の子供たち(自分の子ではない)とも戦います。
シャーマンの才があり、神がかりもします。
神話のなかの天照大神の性格を受け継いでいるところもあり、歴史的な伝承というよりは神話的な伝承でしょう。

こちらは神功皇后が新羅から帰った後、杉の枝を土に刺し、国家の安寧を願い、それが成長した杉の木だといわれています。
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タグ:神話 香椎宮
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