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130年目のKojiki [ふくもの論]

今年 2012年は、古事記ができて1300年目にあたります。
記念の年ということで、書店にも古事記を特集した雑誌や単行本が多く並んでいます。

あまり注目されていないことですが、今年は古事記にとって、別の意味でも記念の年にあたります。
それは、古事記の英語訳がはじめて世に現れてから130年目ということです。

いまから130年前の1882年、"Transactions of the Asiatic Society of Japan" という雑誌の Vol.10に補遺として古事記の英訳が掲載されました(書籍としての刊行は翌1883年)。
翻訳したのはBasil Hall Chamberlain (1850-1935)というイギリス人。海軍兵学寮の教師を経て、帝国大学文科大学の教授もつとめた研究者です。

当時のヨーロッパは、オリエンタリズム真っ盛り。キリスト教文明以外のさまざまな文化への関心が高まり、研究も進められていた時代でした。
そんななか、開国したばかりの日本にも熱い視線が注がれていたようです。チェンバレンの古事記も、大いに注目を集めたのではないでしょうか。

そんなチェンバレンの古事記の翻訳、どんなものなのか少し引用してみます。

[イザナキ・イザナミの結婚の場面]
Having descended from Heaven onto this island, they saw to the erection of an heavenly august pillar, they saw to the erection of a hall of eight fathoms. Tunc quaesivit [Augustus Mas-Qui-Invitat] a minore sorore Augusta Femina-Qui-Invitat: "Tuum corpus quo in modo factum est?" Respondit dicens: "Meum corpus crescens crevit, sed est una pars quae non crevit continua." Tunc dixit Augustus Mas-Qui-Invitat: "Meum corpus crescens crevit, sed est una pars quae crevit superflua. Ergo an bonum erit ut hanc corporis mei partem quae crevit superflua in tui corporis partem quae non crevit continua inseram, et regiones procreem?" Augusta Femina-Quae-Invitat respondit dicens: "Bonum erit.".

え・・・っと、英語のはず・・・ですが。
たしかに最初のほうは英語ですが、後半はなんとラテン語になっています。ここは、イザナキとイザナミが互いの体の構造の違い(男と女の違い)を言い合い、性交する場面です。チェンバレンは、この場面を「不道徳」と考え、ラテン語で翻訳しました。

19世紀のイギリス、ヴィクトリア朝といえば、とても禁欲的な時代。貞淑さなどがよしとされた時代です。古事記はちょっと刺激が強かったのでしょうか。

それにしても、なぜにラテン語?と思われるかもしれません。
おそらく、ラテン語を読解できるくらいの教養人であれば、刺激の強い文章でも、自分を抑えられ(?)、悪い影響を受けないと考えたのだろうと思います。

130年前のKojikiから、130年前のイギリス文化が見えてくるというのも、面白いですね。

ラテン語の部分は、ちょっと読むのが大変ですが、そのほかのところはほぼ古事記を直訳したものとなっています。江戸時代の国学も学んで翻訳をしたようで、その内容はいまでも十分通用するものです。
著作権も切れており、ネットや再版された本など、手軽に入手できるので、よかったらぜひ、探してみて下さい。
チェンバレン古事記.jpg


『怪談』で有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、チェンバレンの古事記を手に、出雲の神社めぐりをしています。




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